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ヒーローはお隣さん PAGE5

last update Última actualización: 2026-02-05 11:06:29

「お邪魔しまーす。……わぁ、確かに荷物少ないなぁ。これだけ?」

 彼の1DKの部屋に上がらせてもらうと、思っていたより荷物は少ない感じだった。玄関に靴は数足しかなく(それも靴箱に収納された分も含めて)、キッチンにはお鍋などの調理道具と調味料類、作り付けの食器棚には食器が少し。さすがは料理人という感じだ。

 居間兼寝室には洋服やバッグ類が入っているだろう段ボール箱が二、三個しかない。あたしの部屋も同じ間取りだけれど、もっと物が多い。片付いてはいるけれど。

「直也くんってミニマリストなの?」

「いや、そんなんじゃねえけど。男のひとり暮らしに必要最低限の荷物ってこんなもんじゃねえの? また増えるだろうし」

「ふーん、そんなもんなのかな……」

 そういえば、幸樹さんの部屋も似たようなものだった気がする。あまりまじまじとは眺めたことがないけど。

「――まあ座れよ。これでも飲んでさ」

「うん、ありがと。いただきます」

 彼はあたしに冷たい緑茶を出してくれた。多分、近くのコンビニで買ってきたものだろう。わざわざグラスに入れてくれている。

「――部屋、暑くねえか? 暖房効かせてあるから、暑かったら上着脱ぐなり袖まくるなりして調整しろよ?」

 今は十二月で、外は寒いので長袖のジャケットにダウンジャケットでもおかしくはないのだけれど。さすがに暖かい室内ではちょっとムリがあるか。

「ううん、大丈夫。暑く……はないから」

 さすがにダウンは脱いでいるけれど、暑いのをガマンしてジャケットを脱ぐのはためらった。ブラウスが七分袖なので、ジャケットを脱いだら手首のアザが見えてしまうからだ。

「……もしかして、脱げない理由でもあるのか? ちょっと見せてみろ」

「わぁぁぁっ、ごめんなさい! ごめんなさい! あたしが悪いの! ごめんなさい!」

 彼が手を伸ばしてきたので、あたしはつい······を起こしてしまい、その拍子に袖口がまくれあがって手首の青アザがあらわになってしまった。

「由衣、落ち着け! 俺は何もしないから! 急につかもうとして悪かったよ。俺の方こそごめんな。ビックリしたよな」

「ううん、ごめん。直也くんは悪くないから。条件反射でつい……」

「っていうか、このアザって……。お前が悩んでることってこれが原因なのか?」

 彼の訊ね方は幸樹さんみたいにあたしをとがめるような感じではなく、あたしを気遣うように優しかった。

「うん……。あたしね……、今付き合ってる彼氏からDV受けてるの。だから体中アザだらけで、スカートも穿けなくて、 顔のアザもメイクで必死に隠してるんだ」

 だからあたしも、素直に本当のことを彼に吐き出すことができた。

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  • 一緒に美味しい朝ゴハンを。   ヒーローはお隣さん PAGE6

    「……えっ? ちょっと待って。お前……、彼氏いんの? マジか……」 そっか、まずはそこから話さないといけないのか。でも、なんか直也くんの態度がちょっとすねたみたいになっているのが気になる。「うん。同じ会社の三年先輩で、付き合って半年くらいだけど。……付き合うまでは、こんな人じゃないって思ってたの。イケメンで、優しくて、仕事もバリバリできて、あたしの憧れの人だったんだ。だから、付き合えることになった時はすごく嬉しかったのに……」「付き合い始めてから本性現したわけか。それまでは猫被ってたわけだな」 すすり泣きながら話すあたしに、彼はうーんと唸ってからそう言った。「そうなの。気に入らないことがあると、あたしのことすぐ殴るし、すごく強い力で腕引っぱってきたりするし。仕事の時もそう。あたしがが残業してまでガンバって作った提案書、自分の手柄みたいに横取りして。でも、あの人外ヅラいいから、ホントのこと言っても会社ではほとんど誰もあたしの言うことなんか信じてくれないし。また彼に何かされるんじゃないかって思うと怖くて……」「……そっか。それで今は、そいつのことだけじゃなくて男そのものが怖くなってるわけだ? さっきの怯え方もそういうことだろ?」「うん。分かってるんだよ、男の人がみんな怖い人ばっかりじゃないって。管理人の佐野さんとか直也くんみたいに優しい人もいるんだって、分かってるけど……。なんかもう、トラウマになっちゃって」 彼は間違っても、あたしを傷つけることはないと分かっている。幼い頃からあたしのことをずっと知っていて、こうしてあたしの悩みも聞いてくれてる、そして、さっきから一度も「お前が悪い」とは言わないでいてくれる。彼ならきっと、あたしの味方になってくれる。そう思ってもいいのかな……?「なるほどなぁ。……なぁ由衣。お前のために、俺にできることって何かないかな? 俺、お前のこと助けたい。お前が困ってるなら、何か力になってやりたいんだ」「え……? うん、じゃあ……、お願いしてもいい? ありがとう」 彼を巻き込むべきか、あたしはちょっとだけ迷ったけれど。彼の方からそう言ってくれているなら、素直に甘えてみようと思った。

  • 一緒に美味しい朝ゴハンを。   ヒーローはお隣さん PAGE5

    「お邪魔しまーす。……わぁ、確かに荷物少ないなぁ。これだけ?」 彼の1DKの部屋に上がらせてもらうと、思っていたより荷物は少ない感じだった。玄関に靴は数足しかなく(それも靴箱に収納された分も含めて)、キッチンにはお鍋などの調理道具と調味料類、作り付けの食器棚には食器が少し。さすがは料理人という感じだ。 居間兼寝室には洋服やバッグ類が入っているだろう段ボール箱が二、三個しかない。あたしの部屋も同じ間取りだけれど、もっと物が多い。片付いてはいるけれど。「直也くんってミニマリストなの?」「いや、そんなんじゃねえけど。男のひとり暮らしに必要最低限の荷物ってこんなもんじゃねえの? また増えるだろうし」「ふーん、そんなもんなのかな……」 そういえば、幸樹さんの部屋も似たようなものだった気がする。あまりまじまじとは眺めたことがないけど。「――まあ座れよ。これでも飲んでさ」「うん、ありがと。いただきます」 彼はあたしに冷たい緑茶を出してくれた。多分、近くのコンビニで買ってきたものだろう。わざわざグラスに入れてくれている。「――部屋、暑くねえか? 暖房効かせてあるから、暑かったら上着脱ぐなり袖まくるなりして調整しろよ?」 今は十二月で、外は寒いので長袖のジャケットにダウンジャケットでもおかしくはないのだけれど。さすがに暖かい室内ではちょっとムリがあるか。「ううん、大丈夫。暑く……はないから」 さすがにダウンは脱いでいるけれど、暑いのをガマンしてジャケットを脱ぐのはためらった。ブラウスが七分袖なので、ジャケットを脱いだら手首のアザが見えてしまうからだ。「……もしかして、脱げない理由でもあるのか? ちょっと見せてみろ」「わぁぁぁっ、ごめんなさい! ごめんなさい! あたしが悪いの! ごめんなさい!」 彼が手を伸ばしてきたので、あたしはついいつもの発作を起こしてしまい、その拍子に袖口が捲れあがって手首の青アザが露わになってしまった。「由衣、落ち着け! 俺は何もしないから! 急につかもうとして悪かったよ。俺の方こそごめんな。ビックリしたよな」「ううん、ごめん。直也くんは悪くないから。条件反射でつい……」「っていうか、このアザって……。お前が悩んでることってこれが原因なのか?」 彼の訊ね方は幸樹さんみたいにあたしを咎

  • 一緒に美味しい朝ゴハンを。   ヒーローはお隣さん PAGE4

     ――直也と会うのは、高校卒業以来だった。彼は高校を卒業した後、調理系の専門学校へ進んだので、大学に進学したあたしとは進路が分かれてしまった、 彼の実家は母子家庭で、お母さんは朝から夜遅くまで働いていたのでほとんど家にいなかった。だから、朝ゴハンと晩ゴハンはウチへ食べに来ていたし、高校の時にはあたしが彼のお弁当も作ってあげていた。 とはいっても彼に好意を抱いていたとかそんなんじゃなくて、どちらかといえば同い年なのに近所のお姉さんみたいな感じで彼のお世話を焼いていたというべきか。彼があたしのことをどう思っていたかは分からないけれど。「あ……あの、直也くん。久しぶりだね。もう……七年ぶりくらい?」「うん、そうだな。高校出てから俺は調理師目指すことにしてたし、お前は大学に進んだもんな。今はOL? どんな会社?」 ちょっとぶっきらぼうな話し方も、昔の直也くんと変わっていない。あたしは懐かしくなった。「〈ユアサプロダクツ〉っていう、そこそこ大きな雑貨メーカーだよ。そこの商品デザインの部署にいるの。直也くんは今、何してるの?」「んー? ちゃんと調理師になったよ。池袋の洋食屋でコックやってる」「そっか、コックさんになったんだね。『忙しいお母さんに、美味しいもの作って食べさせてあげたい』って、昔よく言ってたもんね。夢、叶ったんだ?」 あたしがそう言うと、彼はちょっと悲しそうな顔になった。会えなかった七年の間に何かあったのかな?「夢は……叶わなかった

  • 一緒に美味しい朝ゴハンを。   ヒーローはお隣さん PAGE3

     ――マンションの前まで帰り着くと、一台だけ停まっていた引っ越し業者のトラックが出て行こうとしていた。 もしかして、あれ一台だけで来たの? いくらウチのマンションが家具・家電付き物件だからって、荷物が少なすぎないだろうか。「管理人さん、ただいま」「ああ、おかえり、一ノ瀬さん。今、引っ越し屋のトラックが帰っていったろう? あの一台だけで来てたんだ」「へぇ……。男の人だって言ってましたけど、そんなに荷物が少ないものなんですか?」「男の引っ越しがみんなそうってわけじゃないと思うけどねぇ。あれじゃないのかい? 今流行りのミニ……何とかって」 佐野さんはムリをして流行りの言葉を使おうとする。このマンションは若い住民が多いからだ。何だかその光景があたしにはすごく微笑ましい。「ミニマリストのことですか?」「ああ、それそれ! 教えてくれてありがとうね」「いえいえ。……じゃあ、失礼します」「一ノ瀬さん、大丈夫かい? 何だか顔色がよくないが」「…………そんなことないですよ。大丈夫です。心配して下さってありがとうございます。……じゃあ」 管理人の佐野さんにまで心配をかけるなんて、あたし、情けないな……。ため息をつきながらエレベーターに乗り込み、住んでいる四階のボタンを押す。 あたしは顔にもアザがあり、メイクでうまくごまかしているつもりだけれど、よく見たらやっぱり薄っすらと浮き出て見えるのだろうか。それとも、幸樹さんからのDVが引き金になって、男性そのものへの怯えが顔に表れてしまっているのか……。 四階に着くと、自分の部屋へ帰る前に新しいお隣さんに挨拶をしておこうと思い立った。勇気を振り絞ってインターフォンを押すと、しばらく間があり、ドアがガチャリと開いて――。「…………はい?」「あっ、あのっ! あたし、隣に住んでる一ノ瀬由衣と申しますが――」「……由衣? 由衣だよな?」「えっ? ……あっ、もしかして……直也くん? 昔、隣に住んでた」 お隣に引っ越してきたのは、なんと地元でお隣さんだった幼なじみの秋本直也くんだった。……でも、これって偶然なの?

  • 一緒に美味しい朝ゴハンを。   ヒーローはお隣さん PAGE2

     ――今日もそろそろ終業時間という頃、あたしのスマホに一本の電話がかかってきた。マンションの管理人さんからだ。「――はい、一ノ瀬です。何かありました?」 オフィスをいったん出て、通話ボタンをスワイプした。電話の相手が誰であれ、男性だというだけで幸樹さんがヘソを曲げてしまうからだ。『ごめんねぇ、一ノ瀬さん。まだ仕事中だったろ?』「いえ、もうすぐ終わりますけど」『そうかい? あのね、今日君の部屋の隣に新しい人が引っ越してきたんだ。君と同い年くらいの若い男の子なんだけどね、お隣さんとして仲良くしてあげてよ。ゴミ出しのルールとか、色々と教えてあげてくれんかね』「え……、男性……ですか」 管理人の佐野さんは六十代の初めくらいで、ご夫婦であたしのマンションの管理をして下さっている。でも、マンションの住人全員の面倒まではとても見きれないだろう。ましてや、新たな住人だったら。 あたしも住人同士の助け合いは必要だと思っているけれど、相手が男性だということに引っかかった。幸樹さんがあたしの部屋へ来ることもあるので、隣人が男――それもあたしと同年代の――だと知ったら、それこそあの人の嫉妬心に火がついて大変なことになるのは分かっている。 でも……、もしその人があたしのヒーローになってくれたらどれだけいいか。隣に避難場所があるというのはなかなかに恵まれた環境になるんじゃないだろうか。そのためにも、お隣同士で信頼関係を築いておかなければ。『……あれ? 男だと何か問題あるかい?』「いえ、大丈夫です! 分かりました。今日帰ったら、さっそくお隣さんに挨拶しておきますね」『いやぁ、よかった。じゃあよろしく。彼ね、さっき管理人室に挨拶に来てくれたんだけどね。なかなかの好青年だったよ』「好青年……、そうですか。あたしも会うのが楽しみです。じゃあ、失礼します」「――由衣、さっきの電話は誰からだったんだ?」「ひゃあっ!? こ……幸樹さん!」 終話ボタンをタップしてホッと一息ついていると、背後から幸樹さんの尖った声が聞こえてきて、あたしはビクンと飛び上がった。「誰からの電話だったんだって聞いたんだけど?」「マンションの管理人さんからです。今日、隣の部屋に新しい人が入居したから、色々と面倒を見てやってほしい、って」「隣の新しい住人か。それって男、女どっち?」「…

  • 一緒に美味しい朝ゴハンを。   ヒーローはお隣さん PAGE1

    「――藤川君、こないだの提案、先方さんもすごく喜んで下さってたわよ。『センスがいい』って」 今日も雑貨メーカー〈ユアサプロダクツ〉・商品デザイン部のオフィスで、幸樹さんが部長の江坂恭子さんから褒められている。でも、実際にそのコラボ商品の提案書を作ったのはあたしだった。それを、彼はまた自分の手柄にしたのだ。でも、それを主張したところで部長はおろか、ここにいる人はほとんどみんな信じてくれないだろう。「ははっ、ありがとうございます。いやぁ、あれはたまたまいい提案書が書けただけで……」(……よく言うよ。自分では何も考えてなかったくせに) あたしはそんな彼のことを苦々しく思いつつも、口に出しては言えずに怯えていた。そんなことをしたら、彼に殴られるだろうことは目に見えていたから。「……よく言うよねー。あの提案書って、由衣が夜遅くまで残業して作ったんじゃんねぇ」 隣のデスクから、柴崎玲奈がヒソヒソと小声であたしに毒を吐いた。彼女はあたしの高校からの親友で、この会社の同期入社組でもある。周りの人たちがみんな幸樹さんの外ヅラにコロッと騙されている中で、彼女だけが唯一あたしの言うことを信じてくれる味方なのだ。「しっ! そんなこと、あの人に聞こえたらあたしがヤバいんだからね!」「あ、ゴメン! そうだった」 あたしはすかさず玲奈を窘める。あたしの数少ない味方でいてくれるのはすごくありがたいのだけれど、あまり目立つような言動は控えてほしい。「それに、どうせ信じてくれるのは玲奈だけだよ」「そっか……。なんかそれって悲しいよね。せっかく頑張っても、誰にも認めてもらえないって。目立たない日陰の存在で、アンタはそれでホントにいいわけ?」「…………よく……はないけど。あたしはただ、平和に日常を送れたらそれでいいからさ」 下手に目立って彼から睨まれるくらいなら、波風を立てないように大人しくしていた方がいい。「アンタ……、それで息苦しくないの? あたしでよければ逃げ場所になってあげようか?」「……………………いい。玲奈までひどい目に遭わされたくないし」 多分、飲みながらグチくらいは聞こうか? という意味で言っているんだとは思うけれど。あたしの問題で、親友に迷惑をか

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